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投稿者 スレッド
富士山
投稿日時: 2011-3-21 11:20
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
辛いです
掲載3回目の富士山です。

2回目で、昨年4月に妻が起こした離婚裁判について、妻が和解を求めてきた事を掲載しましましたが、やはり和解と裁判の両方で進めながらより良い条件になる方を選択出来る様にするための和解だと分かりました。

現在、毎日東北地方地震の影響で、震度1〜4、5の揺れ、計画停電、毎日の異常な通勤ラッシュに耐えながら、心臓の病気(循環器内科通院)と、鬱病(精神科通院)と戦いながら生きています。

私が起こした子供達との面接に関する調停では、「手紙を送る、お金を送る、返事は期待しない、気長に子供の反応を待つ、焦らない、等」という事を調停員から言われています。
そして「今会うのは止めた方が良い。」
理由は、妻が「子供達は会いたくないと言っている。」と言っているため。
妻の話だけが重要視され、全ては妻の言葉を基準に考えられる、調停とは、いったい何なのだろうかと、嘆き苦しんでいます。

私から調停員に、「一度、調査員に子供達の本当の気持ちを聞いて欲しい。」と頼むのですが、子供達を刺激してしまい、ますます会えなくなるので辞めた方が良い。と言われます。

私の弁護士とも相談していますが、面会するためへの解決策が浮かびません。

私自信、折れそうな気持をどうにか奮い立たせて、強気で頑張っていますが、最近、あまりの辛さに「死にたい!」と思う事が多くなっています。

子供達と会わせてくれない、声も聞かせてくれない、子供を奪い取り、慰謝料、財産分与等の金、金、金を、そして私の生きる希望さえも、法律を盾に奪い取ろうとしている妻。

生きる望みがだんだん薄れてきて、次第次第に無気力になってきている自分が、いつまで耐え切れるかが不安です。怖いです。

どなたか、ご経験者に、どのようにして克服していけるのか、体験談でも結構です。

教えてください。

妻:
私:(T.T)(T.T)(T.T)(T.T)(*.*)(*.*)(*.*)
子:
がんばるパパ
投稿日時: 2011-3-22 23:08
半人前
登録日: 2006-3-28
居住地:
投稿: 38
Re: 辛いです
富士山さん、

僕も3年前はほぼ同様の状態でした。今の司法では多くは期待できません。まどろっこしいかも知れませんが少しずつの前進を目指して下さい。
裁判所にある面会室で調査官立会いの元、面会できるようにする。
あっせて、パパと住みたいかとか、悪口を聞かされてないか等の質問はさけ、楽しい会話に務めて下さい。子供は又会いたいと言うはずです。数回面会室で会えれば、面接交渉の条件設定に有利のなります。外での面接交渉が実現したら徐々に時間を伸ばす、宿泊を許可する、学校の行事に参加する等の進展がきたいできます。
精神疾患は、抗うつ剤で時間をかけて治療を継続してください。希望を持つこと、規則正しい生活をすること、仕事は無理をしない事に心がけて下さい。
親権の確保は今はほぼ不可能です。ハーグ条約加盟から国内法も整備が進む事を期待し、共同親権の実現も遠くない将来実現します。
子供はPASにあっていても母親の前での態度と本当の気持ちは違うので信じてあげて下さい。
あと調停での発言は自分のもの、調停員のもの、相手のもの全て記録を残しておきましょう。
調停不調で裁判に移行した時に使用するかのうせいもあります。
がんばってください。



富士山
投稿日時: 2011-3-26 15:08
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
Re: 辛いです
がんばるパパさんへ

ご自身のご経験からの本当に貴重なメッセージ、心から感謝いたします。

私は、20年間の結婚生活、そして17年間の子供達(現在高校2年、中学1年の女子)との毎日、毎週の剣道を通して心の伝達。
それらを全てを奪われ、連れ去られた今、本当に「やるせない!」の一言に尽きます。

毎晩、一人で居ると、妻と自分への怒りが溢れ出し、子供達の気持ちを考えると、眠れなくなってしまいそうになります。
(薬を服用してなんとか、気持ちをごまかして、前向きになるように自分に言い聞かせていますが・・・。)

実は、私は過去(20代)に一度離婚経験があります。
(いわゆるバツ1です)
もうすぐ、バツ2になるのでしょう。(妻は離婚したがっています。)

52年間生きてきて、今何故、こんな事になったのか、悩んで、落ち込んでしまいます。

私を、金づるとしか考えていない、私を全否定する、子供の声さえ聞かせようとしない、メールさえ遮断してしまう悪魔のような妻の事を、私は死んでも許せない!
そのような気持ちに時々陥入り、自分の心が少しずつゆがんで、病んでいくような気がします。

妻の強い希望で建てた一軒家に、今は一人でひっそりと、多額のローンを支払いながら、孤独に住んでいます。

早く、子供に会いたい! 会わせてください!!と毎日神棚に祈っています。

冷たい調停員さん達とも、うまく話し合って、貴殿がおっしゃるとおり、現在の細い糸のような子供達との関係が切れてしまわない様に、そして少しずつ、前向きに進んで行くしか無いのだろうと思います。(月一回の調停の度に、埼玉から熊本の家裁に出向いています。)

心臓の調子(不整脈)も悪くなってきていて、再手術になる可能性があります。
心身共に、本当に、死ぬほど辛い状況です。
私は、何故こんな目に会わなければいけないのだろう。

同様の方は、他にも大勢いらっしゃるのでしょうけど、なかなかご返事をくださる方は居ません。

今回は、本当に、ありがとうございました。

また、何か、今後を生きるヒントや、アドバイス等、いただけましたら、有りがたいです。

富士山














おはる
投稿日時: 2011-3-26 22:55
常連
登録日: 2007-10-27
居住地: 東京
投稿: 46
Re: 辛いです
心中お察しいたします

まだまだ混乱の最中でしょう

自分は、単身赴任してるんだ  と言い聞かせて
わたしは乗り切りました

問題を抱えていなくても子供に会えない親はたくさんいますよ

もっと自分をしっかり持ちましょうよ

そんな姿を子供が見たら、きっと幻滅すると思いますよ

子供たちは子供なりに、両親の揉め事にうんざりしていると思います

現状で、あなたが何ができるのか?
しっかり働いて、強い父親の姿を構築することしかないのでは?
子供は子供で父親に会いたい気持ちを押し殺して、日々堪えているかもしれませんよ?
それでも毎日学校に普通に通っている
友達に悟られないように、普通を装って
容易にそんな子供の姿が想像できませんか?
子供も両親の扮装に苦痛を感じているでしょう?
それでも普通に過ごしている

親であるあなたが泣いてばかりでどうするのですか?

そんな姿、子供は見たくないはずです

辛いのは分かります
わたしも2年子供に会っていません
会わせてもらえません・・・・・
調停条項に週1と書いてあってもです
今、わたしは履行勧告2回、調停再度を踏まえ、損害賠償請求の訴訟を起こしていて係争中です

落ち込んでいたら相手の思う壷ですよ

発想を転換してください

子供は強い父、立派な父を見たいはずです

このくらいの苦境に負けないでください  子供のために

子供の父であるといいうなら、もっとしっかりと頑張りましょう

子供のためです

頑張って苦境を乗り来ましょう

そうして子供に笑って会ってあげましょう

そのために、しっかり頑張りましょう
富士山
投稿日時: 2011-3-27 13:23
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
Re: 辛いです
おはるさん

激励いただき、ありがとうございます。

おっしゃるとおり、今でも、気持ちがグラグラと揺らいでいます。

妻が子供達を奪い、計画的に出て行ってから、もうすぐ(3月29日)で一年が経ちますが、やはり辛い毎日には変わりありません。

妻は、離婚後、子供達の姓名を自分の旧姓に変えるつもりでいます。(自分の実家の墓を守って欲しいし、子供達を自分の実家の墓に入れると言っています。)

妻は、昨年亡くなった義母から約1億円の現金と、鉄筋コンクリート4階建てビル、その他不動産等を相続され、金銭的には何も困らない状況なのに、わざわざ離婚裁判を起こし、未だに仕事もせずに暮らして、美容外科に通っているのです。
毎月、私からは十数万円の婚姻費用を奪い取っています。

裁判の目的は、妻の親戚への言い訳、世間の目を気にして、起こしているのです。
自分は、悪くない、夫に原因があった事にしたい、世間に言いたい、仕立てたいのです。
今は、財産分与の最中で、私から養育費、慰謝料、それ以上の金を弁護士と一緒になって、奪い取ろうとしています。(私を破滅させる可能性もあります。)

また、本来ならば、妻が裁判を起こしたのですから、裁判所は私の居住地域の家裁になる筈なのですが、当時義母が、余命宣告をされて入院していたため、側に居なければならない事を理由に、熊本の家裁で係争しなければならなくしたのです。(毎月埼玉から熊本へ行かなければならない状態です。)

子供達とは、幼稚園年少の頃から、剣道の道場に通い、私の休日の全て(午前・午後全て)を、一緒に道場で過ごし、市内の剣道の役員を13年間務め、極寒・酷暑の体育館に正座して子供達の世話をし、先生方の接待をし、新米親子への指導・フォローをして来ました。(他の家庭では母親が行っています。父親が付き添う家庭は無いのです。 妻が見つけてきた剣道の道場なのに、体育館にずっと座っていなければならないし、他の母親と話をしたり、役員をしたりする事は、嫌いだからと言って、私に押し付けたのです。)

それから、私は、妻のパート7年間の土日・祭日の家事(食事・掃除・洗濯)、妻と子供達の服、ボタン付け裁縫、ハンカチ、洋服、剣道の道着・袴・面下のアイロンあてまで全てをキッチリと行ってきたのです。
子供のその他稽古事・塾の送り迎えを行い、妻を労ってきました。

しかし妻は、毎日大酒(ビールロング缶3本、焼酎2杯)を飲み、私の心臓に悪い煙草を平気で部屋の中で吸い続け(酒と・煙草を20年間続けて)、私への文句、他の親の文句、何か気に入らないと突然切れて怒鳴り始める(2時間くらい怒鳴りまくっています)、物を投げつける、運転中に後ろから殴る、包丁で刺されそうになる、外でも私の悪口を言う等を繰り返してきているのです。
感謝の言葉を聞いた事さえありません。

そのような毎日に、会社から帰宅してもストレスが更に倍増し、私は妻を20年間で2〜3回叩いた事があります。

 一番哀れで、惨めで、可哀そう、傷付いたのは、子供達です。

だから余計に、今でも子供に会わせようとしない妻、自分は良妻賢母であったと陳述書に書き、表明し、諸悪の根源は私であると、虚言ばかり文章にし、言い続けている妻に、殺意さえ覚える時があります。怒りがこみ上げてきて仕方が無いのです。

そのような妻と一緒に住んでいる義姉と義姉の子供達(義姉も夫と離婚していて、夫を悪くしか言いません。義姉の子供達は成人していますが、父と会おうともしません。)も側に居るため、私の子供達も次第に悪い影響を受けている筈です。

おしゃるとおり、自分が、しっかりしなければならない事は、十分承知しています。

しかし、堪忍袋の緒が切れてしまい、時に怒りがこみ上げてきたり、弱音も吐きたくなるのです。
出来れば、妻本人に、対して言いたいです。

誰かに今の自分の苦しさを知って欲しいし、聞いて欲しい、出来れば前向きになれるメッセージが欲しいのです。
このような事、経験者でなければ分からないと思います。

私は、毎日、鬱病(死にたくなる)、心臓の病(今年、心臓再手術の予定)、椎間板ヘルニア(腰痛)、頸椎ヘルニア(首の痛み)と戦いながら働いて、子供達とのコミュニケーションが早く取れる事を祈っているのです。

泣き事にしか、聞こえない方もいらっしゃるでしょう。
(私のように、子供の成長に、全てを注いできた父親も、居るのです。)


おはるさん

この度は、激励いただき、心から感謝しています。


他の方からも、ご経験からのメッセージを、是非お待ちしています。
これから、どのように生きていけば良いのか。
どのようにすれば、子供達との絆を保ち、面会出来る様になり、幸せな状態にまで達する事が出来るのかを、お教え下さい。

(出来れば、非難、批判、評論は、なさならいでください。)

よろしくお願いいたします。

富士山
























がんばるパパ
投稿日時: 2011-3-27 21:26
半人前
登録日: 2006-3-28
居住地:
投稿: 38
Re: 辛いです
富士山さん、

怒りは収まらないでしょうが冷静になりましょう。
今の状態では離婚は不可避と思われますので離婚前提にお話をします。
財産分与について、結婚前からの自分の財産であった分を守るため証拠をあつめてください。当時の日にちの入った預金記録、株式取得日など。義母というのは富士山さんの実母ですか?そうであれば相続履歴から一部を除き取り戻せる可能性があります。
結婚後の形成分の分与は基本的に半々ですので結婚後に形成した財産は明確にしておきましょう。
慰謝料について、離婚原因に相手の態度に問題があったことを証明する人はいますか?若しくは証拠。子供の行事に自分がいつも行っ
ていた事など状況証拠でもよいのでできるだけ集めましょう。
高校生の子供なら家庭状態の証言も同居の希望も裁判で採用されます。ただ子供の心理への影響もありますので気を付けて下さい。
婚姻費、離婚後の養育費はほとんど算定表で決まります。面会の交通費とか治療費とか必要経費を考慮してもらうように整理しておいて下さい。相手の収入について源泉徴収がない場合は相手の実家の経済状態を出来るだけ調べましょう。自営であれば帝国データバンクなどで調べることが可能です。若しくは納税記録。
心臓病は仕方がありませんが鬱病は全面に出し過ぎないこと。面接交渉拒否の理由に使われます。

他質問あれば投稿して下さい。








ひろや
投稿日時: 2011-3-29 15:43
半人前
登録日: 2010-10-13
居住地:
投稿: 34
Re: 辛いです
つらいでしょうね。気持ちは痛いほど分かります。
私も同じような立場ですけど。
まず大前提に
〇匐,力△豕遒衒無錣蓮犯罪。
∋匐,琉き離しも犯罪。
この二つは大罪です。浮気や暴力の何倍もひどい犯罪だと思います。
早く親権停止になるようになるといいのですけど。
現在調停中ですけど、そろそろ私も不調になりそうなので、
幼児虐待として訴えようと思います。子供が大きくなって、こんなことが会ったのかと分かるように。
これからどうやって生きていくかは、これからどうしたら幸せになるかということを考えるしかないですよね?
一つ分かることは、引き離しをするような女性と暮らしていても
楽しくないじゃないですか?
楽しい家庭を再度きづきあげるしかないのかなって、自分で思っております。もちろん子供に対して失礼のないように、最大限できることをして、できることをしたんだという証拠を残して。
今はどん底ですけど、後の未来はきっと明るいはずだと。信じております。
富士山
投稿日時: 2011-4-3 12:26
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
Re: 辛いです
がんばるパパさんへ

何度も、励ましいただき、有りがたく感謝しております。

いただきましたメールのご質問にお答えします。
義母とは、妻の実母の事です。
現在の妻は、両親からの遺産を相続し1億円以上の資産を持っています。
住む家(4階建てビル)は、別居後直ぐに改装して、一階はテナント募集中です。
その家に、妻と二人の子供達、妻の姉(昔離婚している)とその子供達(成人しています)が同居して、元夫や私の事を諸悪の根源のように言い続けて、私の事を諦める様に、子供達を洗脳している状況です。

妻の態度を証言する人は、埼玉県には居ますが、わざわざ熊本県にまで出向いていただく事をお願いする事までは難しいです。(子供達の習い事・剣道での父兄の方々です。)
また、妻は徹底して外面だけは良妻賢母で保ってきているため、妻の事を悪く言う人は少ないです。(ただし、常に本音を見せず、繕っているので、友人も一人くらいです。)

私の財産は、家の残ローンが多すぎて、退職金を含めても、プラス
400万円程度です。妻はその半分を奪い取ろうとしています。

これまでの裁判中に、私は、反論文、陳述書に、17年間、子供達に全身全霊を捧げてきた事を、詳細にA4用紙に20ページ程、記載提出してきています。
妻からは、その内容を全否定され、自分だけが苦労をし、自分だけがまともな子育てをしてきたと、言い続けてきています。

長女(今年高校2年生)は、父親への反抗期を利用されて、完全に妻に洗脳されてしまいました。
次女(今年中学2年)は、現在、妻、姉、従妹達から洗脳され続けている状況です。

妻が、子供をまともな大人にしようと考えているとは思えません。
妻は、自分の事だけを考えている人間です。
子供達には、残念ながら、それが見抜けないのです。
妻は、自分の老後を子供に見て欲しい。
その事だけしか考えていません。
情けない、女です。

今の私は、単身赴任で居るのとは、全く違います。
単身赴任なら、電話で毎日話ぐらい出来るでしょ。
私は、一年以上も、子供の顔も見れない、声も聞けなくされている、まるで収容所(刑務所)に閉じ込められているように、隔離されている状態なのです。

毎日毎日、怒りが私の心を蝕んでいくのです。
時々殺意さえ、妻に感じます。
今すぐ、飛行機で飛んで行って、殺してやりたいくらいです。

富士山
投稿日時: 2011-4-3 13:00
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
Re: 辛いです
ひろやさん

いつも、投稿いただき、心から感謝しています。
一番最初に、わたしへの返事をいただいたのも、ひろやさんでした。

桑田佳祐の「月光の聖者達」(ミスター・ムーン・ライト)の歌を、時々聞き、泣いています。

「独りぼっちの狭いベッドで、夜ごと涙にくれたのは・・」
・・・・

「いまが どんなに やるせなくても、明日は、今日より、すばらしい・・」
・・・・

「もう一度抱きしめたい」

子供のために、体がボロボロになるまで無理して働いてきたのに、
一体、あいつは(妻)は、何様のつもりだ!!

悪魔め!!

と、一人になる度に、辛い時間を過ごしています。
これを、泣きごとと言われるのでしょうか。

本当に半端ではない程、命を削りながら子供に愛情を注いで生きてきたのです。

私は、学生時代、公式庭球(テニス)の北部九州リーグ戦で3位になった選手です。
でも、30歳前に椎間板ヘルニアになり、その後頸椎ヘルニアになり、40歳過ぎてから高血圧症になり、心不全で倒れ、その間、運動はしないように医者に言われ、子供達の剣道に土・日・祭日の全ての時間を使って、朝・昼・夕の食事、家事全てを行い、学校のイベント・参観日、剣道が休みの日は、ディズニーへ、公園へ、動物園へ、全ての時間を一緒に過ごし、妻を労わり、子供達に尽くしてきたんです。

それを理解出来ない妻から、酒を飲む妻から、毎日のように愚痴、恫喝、怒鳴られ続ければ、こちらもおかしくなってしまします。
話し合いもまともに出来なく、酒・煙草を止めて欲しい、家計はこのようにしようと、お願いしても、出来ない・無視され続ければ、そんな妻を諦めるしかない、時々感情的になっても仕方ないでしょう。

その毎日の修羅場が、誰に分かるのでしょうか。
(現在の調停員さんも、「気持ちは良く分かりますけど・・・」等と言いますが、分かる筈がないじゃないですか。)

妻だけが、居なくなれば良いのに、子供まで連れ去った妻を、死んでも許しません。

今すぐ、埼玉から熊本へ飛んでいき、復讐してやりたいです。
身震いするほどに、妻に対して、殺意を覚える事があります。

子供達に理解して欲しいです、私の本当の気持ちを。

がんばるパパ
投稿日時: 2011-4-3 22:02
半人前
登録日: 2006-3-28
居住地:
投稿: 38
Re: 辛いです
富士山さん、

怒りは収まらないでしょうが過激な発言は控えましょう。
もし知られてしまったら裁判で不利になります。
娘さんたちは信じましょう。相手側で生活している以上、
母親側に反対はできないので仕方ありません。近いうちに必ず
交流手段ができます。携帯電話、メール、twitter、Facebook
など。きちんと話ができるようになれば、片方の主張だけで
判断してはいけない事は判ってきます。
今の状態で出来る事は、
⒈財産分与は結婚後の形成分を明確にし、相手の家事怠慢を主張して分与分を出来るだけ少なくしましょう。
⒉養育費は自分の可処分所得と相手側の財政状況を詳しく調べて有利になるように証明しましょう。
⒊面接交渉は直ぐには難しいそうなのでメールなどで相手の干渉がないコミニケーションが取れるように要求してはどうでしょう。


富士山さんは書きました:
がんばるパパさんへ

何度も、励ましいただき、有りがたく感謝しております。

いただきましたメールのご質問にお答えします。
義母とは、妻の実母の事です。
現在の妻は、両親からの遺産を相続し1億円以上の資産を持っています。
住む家(4階建てビル)は、別居後直ぐに改装して、一階はテナント募集中です。
その家に、妻と二人の子供達、妻の姉(昔離婚している)とその子供達(成人しています)が同居して、元夫や私の事を諸悪の根源のように言い続けて、私の事を諦める様に、子供達を洗脳している状況です。

妻の態度を証言する人は、埼玉県には居ますが、わざわざ熊本県にまで出向いていただく事をお願いする事までは難しいです。(子供達の習い事・剣道での父兄の方々です。)
また、妻は徹底して外面だけは良妻賢母で保ってきているため、妻の事を悪く言う人は少ないです。(ただし、常に本音を見せず、繕っているので、友人も一人くらいです。)

私の財産は、家の残ローンが多すぎて、退職金を含めても、プラス
400万円程度です。妻はその半分を奪い取ろうとしています。

これまでの裁判中に、私は、反論文、陳述書に、17年間、子供達に全身全霊を捧げてきた事を、詳細にA4用紙に20ページ程、記載提出してきています。
妻からは、その内容を全否定され、自分だけが苦労をし、自分だけがまともな子育てをしてきたと、言い続けてきています。

長女(今年高校2年生)は、父親への反抗期を利用されて、完全に妻に洗脳されてしまいました。
次女(今年中学2年)は、現在、妻、姉、従妹達から洗脳され続けている状況です。

妻が、子供をまともな大人にしようと考えているとは思えません。
妻は、自分の事だけを考えている人間です。
子供達には、残念ながら、それが見抜けないのです。
妻は、自分の老後を子供に見て欲しい。
その事だけしか考えていません。
情けない、女です。

今の私は、単身赴任で居るのとは、全く違います。
単身赴任なら、電話で毎日話ぐらい出来るでしょ。
私は、一年以上も、子供の顔も見れない、声も聞けなくされている、まるで収容所(刑務所)に閉じ込められているように、隔離されている状態なのです。

毎日毎日、怒りが私の心を蝕んでいくのです。
時々殺意さえ、妻に感じます。
今すぐ、飛行機で飛んで行って、殺してやりたいくらいです。

おはる
投稿日時: 2011-4-3 23:16
常連
登録日: 2007-10-27
居住地: 東京
投稿: 46
Re: 辛いです
辛いのは理解できますよ

書き込みしている人たち全てが経験して通った道ですから

もっと、そのような経験者の声に真摯に耳を傾けられませんか?

自分の経験を元に皆さんあなたにエールを送っているのです

辛い思いしているのは、あなただけではないですよ

もっと自分で考え、問題を解決するスタンスが必要だと思います

解決するのは、あなた自身です

応援メッセージを書き込む人たちではありません

わたしも2年以上子供に会っていません

会わせてもらえません

それでも真摯に裁判所利用して、会える環境を作るために行動しているのです

感情に任せて、自力救済で直接会う方法もあるでしょう

それをして混乱するのは子供です

父として母として、子供の親として対話をもって解決するスタンスがないと何にも解決しませんよ

富士山
投稿日時: 2011-4-4 11:16
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
Re: 辛いです
がんばるパパさんへ

いつも、アドバイスをありがとうございます。
心から感謝しております。

ところで、相手の財政状態を調べる良い方法をお教え下さい。
私の弁護士に頼んだら、別途料金が掛かりますよ、とか、探偵・興信所に聞いてみたら、150万円から200万円は必要だととか言われて、とても手が出ません。

もっと、何か良い方法はありますでしょうか。

妻の住民票の住所は、熊本になっています。
私は、埼玉に住んでいます。

市役所、その他の公共機関に聞く方法がありますでしょうか。


この投稿を読んでいる方で、もし知っている方がいらっしゃったら、お教え下さい。

よろしお願いいたします。


富士山
投稿日時: 2011-4-4 11:33
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
Re: 辛いです
おはるさん

おはるさんのおっしゃるとおりです。
過激な掲載は控えたいと思います。

ついいつい、心が乱れてしまい、お読みになった方々に不快感を与えてしまった事、深くお詫びいたします。

去年の3月28日まで、子供とは剣道に行き、小学生最後の卒業記念大会で、親子試合もして、夜は会員全員50名で子供達も一緒に楽しい時を過ごした翌日、妻は突然連れ去ったのです。

今でも、その悔しさは忘れません。

一緒に居て、楽しくふざけていたりしていた子供達と、何故こんなに苦労しなければ、声も聞けない、顔も見れない、会う事すら出来なくなってしまったのか、気が狂いそうです。(また言い過ぎました。)

冷静に、手紙を書き、相手の弁護士と子供だけにしてもらい、弁護士に手紙を読んでもらいました。
お年玉、入学祝い、誕生日にはプレゼントを送り、「ありがとう、本当にうれしかったです。」と返事が来ました。

でも、何か物かお金を送らないと、何も応えてくれません。

連絡は、唯一妻の携帯電話だけに、妻にされてしまいました。
子供と直接話したり、メールしたり出来ません。

調停員からは、時間をかけて、今の子供達との繋がりを、少しずつ、確実なものにしていきましょう。と言われていますが、それが一番辛い事なのです。

我が子に何故会えない。
我が子の声が何故聞けない。
我が子の成長を何故、見れない。

子供と対話したいと、「離婚の裁判」、「面会のための調停」でも言い続けています。
いろんな方法を考えてはみますが、なかなか調停員が快諾してくれません。
子供の精神状態を考えながら、時間をかけなさい、とばかり言われます。

でも、このまま時間をかけていては、裁判も調停も終わります。
全てが終わり、片付いてしまいそうです。

毎月、遠く埼玉から飛行機に乗って、熊本にまで行って、たった1時間の調停に出席していても、私の思いはなかなか現実化しません。


おはるさん

子供達だって、父親が今どうしているか、気にしていると思います。

そうですよね。


また、乱筆乱文、感情剥き出しになってしまった事を、お許しください。




富士山
投稿日時: 2011-4-4 12:43
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
Re: 辛いです
このオープン掲示板は、同様の経験をしたいろんな方々が、自分の言いたい事を掲載し、感じた方が、メッセージを送ったり、自分の経験上からのアドバイスをしていただける場だと思っています。
だから、ある程度の常識の範囲では、自由な場だと思っております。だから、私の陳述書の一部を掲載します。

私(富士山)の事をもっと知ったうえで、いろいろなアドバイスをいただきますよう、お願いいたします。


<富士山の経歴>

   1990年:結婚
   1993年:長女誕生  
   1997年:二女誕生   
   1996年:埼玉県春日部市に一戸建てを新築
   2010年:3月29日より突然別居状態となり一人暮らし

<社会生活>

(1)1997年〜
  2010年3月:長女と二女の剣道会の役員、市の剣道部会の 役員を務め、社会貢献を市より表彰される
   2007年:町内会の組長を務める

(2)職業、勤務先、勤務時間及び仕事の内容等

  (職  業)会社員・管理職(営業部門)
  (終業時間)8:50〜17:30
        営業職のため、通深夜まで就業する事も多い 
  (仕事の内容)
   大手銀行のコンピューターシステムのコンサル・開発・運用   業務を受託するための営業。
   何度も社長表彰を受賞している

(3)平日及び休日の生活スケジュール

  (平日)
   6:00起床、6:20頃朝食、6:45自転車で最寄り駅
   へ出発、8:10頃会社到着、8:50始業、19:00頃   退社、20:30頃帰宅
  
  (休日)
     別居するまでは、後述します。 

(4)健康状況
   心臓の心房細動は、手術後完治しており、不安神経症も完治   に向かっているため、通常生活上は問題ありません。
   ただし、一年以上も子供との交流が無く、声を聞くことさえ   出来なくされている事が、不安神経症の回復を妨げている。
   
(5)住居の間取り

2階建て一軒家

 1階:6畳和室1、15畳のLDK、トイレ、洗面所、
風呂場、玄関

 2階:6畳和室1、6畳洋間2

(5)経済状況

 収 入
  平成21年分給与所得の源泉徴収票の給料・賞与の支払額は、  約900万円。

 特記事項
  会社経営状況悪化のため、平成22年7月頃に約80名がリス  トラされました(従業員数:約1250名)。賞与は、部門売  上状況と会社株価に連動しているため、夏の賞与は、昨年比較  で20%以上減額、冬の賞与は更に減額される可能性が高い状  況です。また2か月半の休職のため、昨年の年収は減額し、6  50万円〜750万円程度に低下しております。
  ただし、現在は営業部に復職。


<子の生活状況>

⑴ 子の生活歴及び監護状況

ア 長女は、生まれつき顎に全体にカフェオレ色のアザを持っ    た逆子で、出産予定日より早く生まれました。
そのため、食が細く、離乳食を食べさせるのには妻と二人    で手間をかけました。私は、持病の椎間板ヘルニアの痛み    を我慢して、お風呂、おむつ替え、ダッコ、公園遊び等、    たくさんの愛情を注ぎました。
    顎全体のアザを消すレーザー治療を幼稚園の入園前から始    めました。その当時は、カフェオレ色のアザのレーザー治    療医が少なく、電車で2時間かけて新宿まで子供を連れて    行きました。
    その後、埼玉県の病院を紹介いただき、車で1時間ほど離    れた病院へ2週間に一度、泣いて嫌がる子供を騙しながら    通院しました。
    レーザー治療は、大人でも我慢できない程の痛みがあるた    め、長女が治療中に暴れださない様に大き目のバスタオル    を体に巻いて、ベッドに横たわってレーザー照射のため顎    から血が吹き出ている我が子を力いっぱい上から押さえつ    けなければ治療が出来ませんでした。「助けて!痛いよ!    苦しい!許しください!ごめんなさい!」と泣き叫ぶわが    子を、治療が終わるまで、私も涙を流しながら私一人で押    さえ付けていました。20分間くらいの治療でしたが、1    時間以上に感じました。治療は約一年間続けました。
    幼少の子供にこんなに辛い思いをさせている事を思うと、    私は胸が張り裂ける思いでした。アザは完全には消す事が    出来ず、長女の顎には今でも少し残っています。
    長女が入園する前は、大人や子供から、長女の顎を凝視     し、覗きこまれることが多く、「汚い!」「汚れてい      る!」と言われ、その度に長女が下を俯くようになりまし    た。幼稚園に入った頃から、長女が自分の顎のアザに気づ    き、「どうして、私だけ顎に色が付いているの?」と問わ    れる事が多くなり、とても話し好きで積極的だった子が、    次第に内気になっていきました。
    そんな長女を思い、妻とも相談し、小学校に入る前から何    かスポーツを習わせようと、テニス、スイミング、剣道を    続けた結果、剣道を選びました。
    剣道との出会いは、長女と二人で市営体育館の合同練習を    見学に行った時に、「楽しそう、私もやってみたい!やっ    てもいい?」と長女自身が言い出したからでした。
    剣道は、幼稚園の年長(5歳)から始めました。当初は遊    び程度でしたが、小学1年生の市内大会で同学年の試合で    3位の銅メダルを取り、本人がやる気を出し始めました。    翌年の市内大会でライバルの同学年の子に負けた時、悔し    くて号泣する長女に、「本当に勝ちたいと思っている      の?」「勝つためには、たくさん練習しなければならない    よ。遊ぶ時間もなくなるかもしれないけど、それでもいい    の?」と問うと「たくさん練習します。だから強くしてく    ださい!絶対に勝ちたい!」と言う一言で、「それでは、    市内大会で金メダルを取るまで、お父さんと一緒に頑張ろ    う!」と、私も鬼になる覚悟を決めて、親子で剣道にのめ    り込んでいきました。
    特に長女には、顎のアザを気にしない心身共に強い子に     なって欲しかったので、私も剣道の基本を先生から教えて    いただき、剣道関係の本を読みあさり、剣道のCDを見て    勉強し、練習中は、出来るだけ二人から目を離さないよう    にしながら、長女と二女に出来る範囲で指導しました。私    も一緒に剣道を始めるつもりで、自分用の竹刀を購入し、    素振りを始めましたが、椎間板ヘルニアの腰痛が再発して    しまい断念しました。
    長女と約束したその時から、私の休日の時間は、全て子供    達の剣道及び遊び学ぶ事に使うと腹をくくりました。
    剣道会の母親だけ母集団の中での男一人で役員を務め、市
    や地域貢献に全てを注ぎました。
    その後子供達は、市内・市外・県大会の公式戦の殆どで入    賞し、長女は小学4年生から6年生までは、市内大会の同    学年女子の部で3年連続優勝を果たしました。4年生から    全国大会の選抜チームに選ばれ、県大会ではベスト8、中    学校の剣道部では市内大会で優勝し、埼玉県で3位、関東    大会に出場しました。剣道二段です。

  イ 二女は、幼稚園年中から、剣道会に入会し、姉同様に厳し    い練習にも耐え、姉同様に公式戦の入賞を繰り返し、埼玉    県大会で準優勝しました。剣道一級です。二人の入賞メダ    ル数は、23個もあります。

  ウ このような結果が出たのは、13年間、以下のようにし     て、子供達と過ごしてきたからです。
    (私は仕事で徹夜明けでも、早朝から剣道に子供達を連れ    ていきました。)
    毎朝6時に長女(後々には二女も同様に)を起こして、6    時30分頃から7時まで竹刀で基本の素振りを年齢に応じ    た本数(100本〜300本)行い、出勤準備をしながら    時々強烈な喝を入れ、アドバイス・補助しました。
    土曜・日曜日も6時に起床して、子供達は素振りを行い、    妻が朝食を作らないで寝ているので、私が(ご飯またはパ
    ン、味噌汁またはスープ、卵焼き、ウインナー炒め等)作
    り食べさせ、お茶の用意をし、8時10分に車に子供を乗
    せて剣道稽古場所の体育館へ向けて家を出発しました。

    子供が小学4年生頃までは、竹刀や防具の手入れ、剣道     着・袴のアイロンあて、防具バックへの収納、髪の毛のブ    ラッシング、道場での着衣等全てを私が行いました。
    道場(体育館)の鍵当番の時は、いつもより早く家を出発    し、公民館で体育館の鍵を借り(返却も同様)て、一番に    体育館を開け、練習中と練習後の先生方へのお茶とおしぼ    りも、私が自分で用意していました。
    平成14年から20年の約7年間は、妻が土・日パートを    していたため、私は6時に起床して、子供達を起こし、朝    食を作り、その後妻を起こし、子供達は素振りをした後に    朝食を取らせておき、7時50分頃に妻をパートへ車で送    り、帰宅後、一口だけ朝食を口に入れてから、お茶を用意    し、8時10分に車に子供を乗せて家を出発していまし     た。8時30分頃に体育館に着いたら、直ぐに他のお母さ    ん方と体育館内の窓を開け、体育館のモップがけをし、子    供達が怪我をしない様に床面を確認・テープ貼りをし、子    供達が小学2年生くらいまでは、剣道着、袴の身支度をし    てあげていました。練習開始後はずっと体育館の中に居     て、母の会(私以外は全員母親)と、剣道会の運営、試合
    準備、役割分担、その他資料作り(予定表・案内資料作     り、郵送、ポスター作成、新聞社への広告依頼等は、自分    一人で自宅でも対応しました)、他の父兄の悩み相談を受    けたりするほか、11時30分まで、一時間ほどは、正座    して見学・応援し、練習する他の子供達(約20名〜30    名)への補助を行うなどしました。
    12:30頃剣道から帰宅し、洗濯物を干し、平成14年    から20年の約7年間は昼食の用意も私が行い、子供達の    宿題・勉強を見て、お茶の用意をして、13:45出発     し、隣町の別の剣道会へ車で子供達と行き、14時30分    剣道練習を開始しました。3時間の稽古中、体育館の床に    ほぼ正座で子供達を見守り、応援しました。帰宅後、子供    達をお風呂に入れている間に夕食を作り、20時頃になっ    てやっと一息し、風呂に入ってボーッとしている頃に妻が    パートから帰宅し、妻に夕食の用意をして、いました。
    妻に、お疲れ様。と言っても、一言のお礼もありません。    帰宅後は直ぐに酒を飲み始め、酔ってくると必ず、私が     パートに行っているから、家計は持っているのよ、家族は    暮らしていけるのよ!!と怒鳴り散らしていました。(毎    週毎週、毎日毎日の事です)
    祭日も、他の剣道場で稽古がある場合は、差し入れを持っ    て、頭を下げて稽古参加をお願いし、子供達の剣道のため    に車で出稽古に行きました。
    春日部市内剣道部会の役員を12年間歴任し、試合及び合    同稽古のスケジュール、費用支出の管理、剣道部会の8団    体への連絡を実施し、試合当日の記録表の作成、選手選抜    会での選抜、試合前日の会場設営、試合当日のコート役     員、本部役員、会場警備、司会、運営等を、子供達のため    に行いました
    (感謝の気持ちを養うために、可能な時には子供達にも手    伝わせて、親達が子供達のために、どのような事を行って    いるかを理解させました。)。
    子供達には、稽古をつけていただいた先生方(自分の会、    他の会)への挨拶、稽古後に直ぐに自分からお礼を言い、    話を聞くようにする、会を運営している父兄(母親ばか     り)への挨拶、他の会とも友達になる、後輩達には優しく    面倒をみるように教育してきました。
    12月の寒稽古の時は、朝の3時に起床し4時から練習開    始でした。体育館の床は氷のように冷たく、我が子の素     手、素足が真っ赤になり泣き出しそうになるのを、赤切れ    た私の両手で何度もこすって温め、精一杯の大声で毎年励    ましてきました。(二女は幼稚園年少の頃から同行し私の    膝の上に座っていました。)
    遠征や真夏の合宿にも付き添いました。
    長女が低学年で県大会予選に大抜擢された時、緊張のあま    り震えていた体を試合の直前にダッコして抱きしめ、「今    までの練習を思い出して頑張りなさい」「パパが傍で応援    しているから、大丈夫だよ。」と、娘の震えを止め、入賞    した試合もありました。長女は試合後、顔全体に笑みを浮    かべて、喜んでいました。長女が大会で入賞した時には、    他人の目も気にせずに、恥ずかし気もなく、二人で抱き     合ってグルグル回りながら、喜びを確かめ合いました。
    子供達が低学年の頃は、試合待ちの間も、私から離れない    で、一緒に他の試合を見学していました。高学年になる     と、いろんな友達と交流出来るようになっていきました。
    子供達が剣道の大会等で入賞した時には、家族で外食しま    したが、妻は何もしてくれませんでした。
    入賞または試合で頑張って帰宅した子供へ、褒め言葉を必    ず言うように、妻を説得しました。外食出来ない時は、お    菓子を買ってあげたりしました。入賞メダルとは別に、子    供が喜ぶようなご褒美や、新しい竹刀、防具、道着、袴を    買ってあげました。
    妻は、いつも「お金も無いのに、お菓子を買ってあげたり    しないで!癖になるから!」と自分は何もしないのに、子    供の前で言い、冷やかな態度でした。
    剣道が休みの日は、何度も市内、市外、茨城県、千葉県の    あらゆる公園(アスレチック、ボート、サイクリング等)    に、私が3人分のお弁当を作り、二人を連れて遊びに行き    ました。妻は5回程度しか同行していません。
    剣道会が午後からの時は、午前中は家の中で練習しまし     た。
    特に、長女に対しては、高学年になるにつれて、厳しく指    導しました。二女には、長女で厳しくし過ぎた事を反省し    て、出来るだけ楽しく剣道の練習を行いました。
    長女が小学6年生の頃は、金曜日の夜も別の会の剣道の稽    古に連れていきました。長女自身もやる気満々でした。会    社の仕事を定時に無理矢理終わらせて、全速で帰宅後スー    ツを着たまま、19:30からの剣道の稽古に子供達と行    き、21:00頃帰宅しました。
    長女は、剣道が大好きだから中学に行っても剣道を続けた    いと希望したので、校区内に剣道の強い先輩が居る中学校    の稽古を見学・訪問しましたが、結局は、出稽古で仲良く    なった親子の行く隣町の中学校へ越境入学する事にし、私    が手続きをしました。
    越境先の剣道部の先生の稽古・指導は、非常に厳しく(防    具の上から、殴る、蹴る、怒鳴る)、長女も中学1年生の    頃までは、部内女子の試合で優勝した事がありましたが、    2年生頃からは勝てなくなっていきました。
    剣道部の先生は素晴らしく人間味溢れる方でしたが、剣道    に関しては、長女と合わなかったのかもしれません。
    (防具の上から、殴る蹴る、竹刀で滅多打ち、怒鳴る、脅
     すの繰り返しの稽古でした。)
    それでも、長女は剣道部で心から信頼できる親友が多く出    来ました。
    私は、何度か先生に直接意見を言った事がありましたが、    その数日後、「おまえも、父親そっくりだ。」と、子供が    先生から厭味を言われた事を、長女から聞いてからは意見    は止めて、陰ながら先生にお願いに上がったり、剣道部の    父兄の方と長女について相談したりしていました。
    私は、その頃も二女の剣道会の役員、市内剣道部会の役員    を務めていたため、二女の剣道にも行かなければなりませ    んでした。そのため長女の剣道部の見学・応援に毎週は行    けず、越境した中学校へ入学前に、必ず応援に行くと言っ    ていた手前、長女に詫びたい気持ちで一杯でした(妻は剣    道部の恐い先生や他の父兄から誘われない限り、自ら進ん    では行きませんでした)。
    娘達は、応援に行くとすごく頑張りました。そんな長女を    もっと応援したかったので、自信を無くしていき次第に部    内でも勝てなくなり、守りの剣道になり始めた頃に、2度    ほど強く「逃げの剣道をするんじゃない!」と詰め寄り喝    を入れた事がありました。思春期の多感な長女にとって、    それはものすごくショックだったのだと思います。それ以    来、私には、あまり相談してこなくなりました。私から何    度も長女との話し合いを試みましたが、反発される事が多    くなっていきました。その頃、妻との怒鳴りあいが次第に    多くなっていった事も大きな原因だと思います。
    家の中では、私自身が仕事と家事と剣道で疲れてきってい    る事が多く、あまり子供達の相手が出来ませんでしたが、    それでも、食事中に学校の様子を聞いたり、アイロンの当    て方を教えたり、ゲームをしたり、ままごとの相手をした    り、夫婦喧嘩のお詫びに時々買ったケーキを食べたりしま    した。
    家族の誕生日、ホワイトデイ、クリスマス、結婚記念日に    はプレゼントを用意し、お正月にはお年玉を用意して祝い    ました。
    正月の初日の出を拝みに、早朝に子供達を近くの高台に連    れて行ってお参りしました。妻は、一度も来ませんでし     た。
    私は、子供達の幼稚園の入園・退園式・イベント、小学校    の入学・卒業式・イベントには、全て出席しました。父兄    参観・面談へも出席しています(会社を休んで参加しまし    た)。小学校の運動会では弁当を作った事もあります。
    毎年の夏休みの宿題の自由研究・工作・ポスター作成の手    伝い、小学校の運動場の草取り、学校の小動物小屋の掃除    に一緒に行き、いろいろな行事に参加しました。
    夏休みは、千葉県の鵜原(会社の海の家)へ海水浴に2泊    3日でいきました。子供達は二人共毎年とても楽しみにし    ていた旅行でした。妻は3回程度行きましたが、「宿が汚    いから、気に入らない」「もっと高級感のあるホテルに
    泊まりたい」と言って一緒に来なくなりました。
    私が地区の組長の時は、会合に子供を一緒に連れていき、    町内会の夏祭り等のイベントに一緒に出席しました(妻は    町内会の会合には一度も出席せず、地区イベントにも不参    加が多かったです)。
    妻、子供達の洋服、ハンカチ、剣道の面下手拭い、給食     着・帽子、体育服のアイロンあてをよくしました。
    剣道の袴の裾上げ・下ろし、体操帽子・パンツのゴムヒモ    付け、洋服のボタン付けの裁縫をよくしました(妻が裁縫    をしている姿をあまり見た事がありません。私のYシャツ    のボタンも自分で付けていました。)。
    塾・習い事(二女の書道、二女の平日のスイミングスクー    ル・その他)の送迎及び見学応援をしました。二女のスイ    ミングスクールは送迎バスが家の前まで往復してくれるの    で、二女が一人で行って一人で帰宅していました。
    妻には、時々でいいので、一人で頑張っている二女の応援    に行ったらどうかと何度か促しましたが、無視されていま    した。(休みの日は、昼間から家でビール飲んでいまし
    た。)
    子供達を児童館、プラネタリウムに10回程つれていきま    した。
    水族館(千葉・埼玉・東京都)や動物園(上野、地元各     所)にもつれていきました。
    ローラースケート・一輪車・自転車・鉄棒逆上がり・バド    ミントン・キャッチボール等の練習に付き添いました。
    子供が病気の際に、子供達を病院へ連れていきました。
    軽井沢、那須高原にも、妻の希望で旅行し、日光の紅葉狩    りドライブ、東京お台場、表参道、渋谷等の東京探索を     し、ディズニーランド、ディズニーシーは20回程日帰り    で行きました。
    潮干狩りや夏の花火大会、夏休みには毎週市民プールに付    き添いました。
    当然のことですが、子供達の幼児期には、おむつの交換、    授乳、離乳食、お風呂の手伝いをしています。

  エ 平成22年3月29日から、私に断りも無く妻が子供      を連れて実家に行って以来別居となったため、その後の子    供達の生活歴及び監護状況は不明です。
    現在の私の認識では、長女は、熊本市内の私立高等学校     (「高校名は教えない!」と妻に言われたため不明です)    へ転入(高校2年生)し、二女は熊本市立中学校へ入      学(今年から2年生)しています。現在は、妻の実家で、    妻の下で生活している状況であり、詳細は一切不明です。

⑵ 子との交流の状況

  ア 小学4・5年生頃までは、長女・二女共に、お風呂も一緒    に入っていました。
    長女とは、中学1年生までは、二女と同じように仲良く交    流していましたが、中学2年生の後半頃から急に私に反抗
    的になり、何度も会話を試みました(私の悪い所があれ     ば、直すから言って欲しい等。)が反発されたままで、今
    の別居状態に至っているため、ちゃんと話し合ってみたい    です。
    長女は真面目な頑張り屋さんです。外観は控え目ですが、    一本筋が通っています。内面には熱く激しい物を持ってい    ます。私の血液型と同じB型で、私と同じく絵が得意で芸    術家タイプです。
    二女は、いつも私の事を気遣ってくれ、自らすすんで私の    家事(妻が居ない時、さぼっている時)をいつも手伝って    くれ、機転が利きバランス良い感覚を持っている利口で純    粋な子です。学校でも人気者で、どこに行っても直ぐに友    達が出来る明るい子です。

  イ その他、子供達と私との具体的な交流は、3⑴で述べたと    おりです。

  ウ また、子供達へ伝えてきた心は以下のとおりです。

  1.何事も最後の最後まで諦めない。その事が一番大切だとい    う事。

  2.どんなに辛くても、続ける事がとても大切な事。途中で止    めてしまっては、そこで終わり得る物は無く、それ以上の    成長はないという事。(「継続は力なり」)
  
  3.辛い事も、続けていく事で、夢は必ず叶うという事。

  4.どうしても続ける事が出来ない時は、休んで気分転換も必    要という事。

  5.挨拶(おはよう、こんにちは、こんばんは)、ありがとう    ございます、ごめんなさい、いただきます、ごちそうさま    でした、をはっきりと大きな声で言う事。

  6.親、先生、友達へ常に感謝の気持ちを忘れない様にする     事。

  7.後輩の面倒をみる事。


  エ 保護命令期間の平成22年4月30日から10月30日ま    では、子供との交流は一切出来ませんでした。期間終了後    も、子供との電話・メール・その他一切を、妻が拒絶して    いるため、交流したくても、今でも出来ない状況になって    います。


<その他参考となる事項>

子供達の本当の親友、親身になってくれた先生方は、生まれ育った場所の埼玉県に大勢居ます。今でも子供達の事を心配し、会いたがっている親友達、父兄、先生方が大勢居ます。
7年間の妻がパートで不在の時間帯(7:50〜18:00)は、子供達も伸び伸びと和やかに過ごせていました。
私は、剣道の練習中に、子供達に厳しい指導した事もありましたが、そのお陰で、公式戦や大会でも、堂々とした姿勢で、良い成績を多く達成し、他の剣道会の剣士からも一目置かれる存在になりました。子供達が勝負の前に緊張しているような時には、激しく気合いを入れ、時には優しく抱き締め、優しい言葉をかけ、その時の子供達の状況に合せて、やる気が出るように調整してきました。勝った時などは、「お父さん、勝ったよ。」と子供達から飛びついてくる事も何度もありました。子供達が、ガッツポーズを取っているところを何度も見て来ています。
普通の子の2倍近い練習を積み重ねているのに、あまりにも情けない負け方をした場合は、大会の会場のその場で怒鳴りつけた事も何度かあります。
子供達からは、「剣道は大好きです。」「お父さんは鬼のように怖いし、厳しいけど、そのお陰でいろんな事が身につきました。」「剣道は、続けて良かった。」の言葉を聞いてきました。小学校を卒業する時には、子供達から剣道での感謝状をもらっています。
私の両足の甲には、大きな正座ダコがあります(他の父兄は正座していないので、正座ダコは出来ていませんでした。)。子供達が別居してからは、剣道の稽古にいく機会も殆ど無くなり、正座ダコも小さくなってはきましたが、13年間、毎週合計約4時間も体育館の板張りに正座を続けてきたからこそできたタコです。それ程までに子供達の事を思い、子供達の精神が剣道をとおして、心がある域に届いて欲しい、厳しさの中からでも何かを得て欲しいと念じながら、命を削る思いで精一杯の事をしてきた証拠だと思います(13年間の真冬の極寒の道場での正座は、気が遠くなるほどに辛いものでした。)。
親権を得ることができた場合には、先ず、子供達に直接謝りたいと思います。
そして、今回の事を反省し、子供達に償っていく覚悟でいます。
妻の行動はいつも竜頭蛇尾(何事も最後まで続かない)であり、外面を良く見せ、世間体を物凄く気にし、自分だけは常に完璧で正しい人であるように見せようとします。キッチンドランカーのような毎日のアルコール依存の妻、子供達に温かい朝ごはんをよそってあげなかった妻、頑張っている夫へ子供の前で酔って暴言を吐いていた妻、子供の前で平気で学校の先生及び同学年の親子の悪口を言う妻には、親としての資格は無いと思います。
妻が私及び子供に対して、常々言っていた言葉があります。
 私に対しては「子供は、自分が老後に面倒を見てもらうために、今のうちから好かれるようにしておかないと、後で後悔するわよ。」、子供達に対しては「お父さんの事はどうでもいいから、お母さんだけを必ず助けて守るのよ。」。
妻のように、子供に対して「やりたい事、好きな事だけやればいい。」「嫌な
事は無理にやらなくていい、嫌だったら剣道なんか止めればいい。」と言っておきながら、結局は剣道以外の事になると、他の子供と比較して、自分の子供に「駄目じゃないか!」等と冷たく非難する、書道の書き初め大会に於いて、「審査員の校長先生に袖の下的な事をしないから、県への推薦がもらえない。」等と子供の前で言い悔しがる、そのような子供の育て方には絶対賛成できません。

子供達を、埼玉県に居る、一番辛い時を何度も一緒に乗り越えてきた本物の親友達と早く再会させてあげたい。
そして、今後は、ゆっくりと、大らかに、子供達が育ちやすい環境を作っていきたいと思います。
長女にとっては、心身を強くしたいという私の思いが強すぎて、普通の家庭の
優しい父親でなかった事が多く、辛い思いをさせてしまった事を深く反省しています。
また長女と二女には、妻との醜い争い(怒鳴り合い、叩きあい等)を見せてしまい、二人の心を傷付けてしまった事を、深く反省しています。
今は、子供達に深謝し、剣道で鬼になる以前の昔の笑顔の優しい父親に戻るか
ら、一緒に暮らして欲しい、という願いでいつもいます。
これまでの事を深く反省し、私自身が変わる必要があり、変わる覚悟でいます。
自分の考えを強く押し付けない事、相手や周りの話を傾聴し、教育するという
気持ちでは無く、守りながら気付き気付かせる事に専念して子供達と接していき
たいと、心の底から思い、そうなる事を念じています。

 子供達の事を忘れた事は一度もありません。
 神が授けてくれた大切な命です。
  これまで不幸な事が重なり、家族は今のような状態になっているけど、二人が  誕生してからずっと、私はあなた達のためだけに、粉骨砕身で全てをあなた達の事を思い頑張ってきました。
 父は、今も二人を愛しています。
 これからも愛し続けている父が居る事を忘れないで欲しいと思っています。

熊本から引っ越してきて、埼玉で家族と幸せに暮らして行く筈だったのに、妻の裏切りで一人で生きている男(父)です。 

批判、評論、文章の表現についてのコメント等は、要りません。

私は、この掲載欄を、離婚になりそうな男達の、子供達と会えない人達の「掛け込み寺」だと思っています。

住職・和尚さんは、皆さんです。

よろしく、悟らせてください。<(_)>
がんばるパパ
投稿日時: 2011-4-4 21:38
半人前
登録日: 2006-3-28
居住地:
投稿: 38
Re: 辛いです
富士山さん、

怒り、辛い気持ちは解りますが冷静になりましょう。
個人を特定出来る内容を書くのは、相手に知られた時に不利になります。気を付けて下さい。
富士山の弁護士さんの言う事は現実路線です。今の状態ではわずかでも子供とのつながりを維持する事が大事です。プレゼントで返事がくるなら定期的にに送りましょう。高校生なら、図書券やapple iTune cardのような少額のモノでも良いと思います。

相手側財政状況ですが、自営で会社組織なら帝国データバンクとか東京商工リサーチで財務状況が判るかも知れません。
興信所は、熊本の業者で選びましょう。とりあえず1週間とか限定して依頼すればどうでしょう。100万円もかかる事はないはずです。
調停又は審判で富士山さんの源泉徴収を求められたら相手側にも相当する書類を準備するよう主張して下さい。

おはる
投稿日時: 2011-4-4 22:04
常連
登録日: 2007-10-27
居住地: 東京
投稿: 46
Re: 辛いです
まだまだ混乱しているようですね

心中お察しいたします

私見で失礼いたします

奥様の感情、価値観をよ〜〜〜〜く考えてあげることが大切ではないでしょうか?

夫婦の扮装はお互いの問題です

どちらにも非があると思います

あなたの書き込みを読んで感じることは、自分の価値観が前面に出すぎているということです

子供たちに申し訳ないと謝意を述べながらも、母親の批判をして、自分の考えが正しいと言わんばかりに自己主張が強いように感じます

家族のために一生懸命働いてきた

そんなの、当たり前でしょう 声高に語ることではありません

奥様がいて、子供がいて、だから仕事に従事し、努力できていたのではないですか?

家族がいるから頑張れたのではないですか?

君達がいるから、居たから、仕事に向き合えた、努力できた、だから頑張れた  そういう感情をもてませんか?

人間て多種多様なんです

当たり前のことができない人間も多いのです

できない人間に、できる人間のやり方、価値観は理解し辛いんです

どうしてできないのか? それが性格なのか? 障害なのか?

そいう目線を持つ必要性もあると思います

どうして子供が対話しないのか?  子供にだってイロイロ都合があるんです

どうして奥様がキッチンドランカーのようになったのでしょか?

奥様の感情に、なんらかのキッカケがあって、そのようになっていったのだと思いますよ

どうしてそうなったか?  考えてみたことありますか?

お酒に走らざる得なかった奥様の感情はなんだったのでしょうか?

もっと、相手の感情、態度の原因をよ〜〜〜く振り帰って考えてあげてみてください

あなたを否定しているのではありません

あなたを活かし  奥様を活かし  子供を活かす

そういう複数の価値観を融合して、家族としての、家庭内の輪のルテイーンを構築できなかった夫婦の問題ではないでしょうか?

頑張ったのに

働いたのに

しようとしたのに

のに  って語尾についてるうちは自分の主張だけ

もっと自分の感情を捨てないと

無償の愛情を家族に注ぐ本当の愛情の持ち主は  のに  とは絶対言いません

あなたは気ずける方と思いここまで書いています

他人に注ぐ以上の気使いを家族にしていれば、こうはならなかったと思いますよ
富士山
投稿日時: 2011-4-5 14:46
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
Re: 辛いです
おはるさん

私の妻は、結婚条件として、「毎日ビールを好きなだけ飲む事を、私が了解する。」でした。

キッチンドランカーは、自らの希望です。
毎日、酒を飲み、煙草をふかし、そして、気に入らない事は、子供の前でも、怒鳴り散らす。
お隣の家にも聞こえる程、2時間以上も毎日のように。

私も、19年間我慢し、妻の立場に立って考え、いろいろと気遣ってきました。

おはるさんに、私の話が「・・・・したのに・・」と聞こえるのは、妻のしてきた事をご存じないからです。

私は、お金、出世、世間から褒められる事には、全く興味のない人間でした。
しかし、妻から、結婚当初から、貧乏だ、金金金と言われ続ければ、少しは出世もしなければと頑張りました。
私の本心は、貧乏でも、ボロ家に住んでいても、家族が幸せならそれで良い、という性格です。
そして、子供達が人生を強く生き抜いて行ける様に育てる事だけが、私の生き甲斐でした。

私の職業は営業です。
だから、外では、他人に必要以上に気遣う事が仕事です。
自分の家に帰ってきた時くらいは、静かに自分を取り戻したいのです。
長年、妻とはお互いの事について話し合い、私の気持ちも知ってくれていると思っていました。

妻が、同じ食卓で食事をすると(妻は既に飲んでいますが)、必ず私への不満を、子供もいる食卓の場で言い始め、楽しい食事の時が、哀しい時間になっていました。
だから妻には、4年前から一緒の食卓に付かないで欲しいと、頼みました。
妻にとっては、プライドが傷つき、子供に恥ずかしく、私の事を氷の様に心の冷たい夫だと恨んだでしょう。
妻が、死ぬほど辛かった事は分かります。

時々、妻に声をかけ、家族4人一緒に食べていると、やっぱり他人の愚痴、子供の友達の親への不満、自分がパートをいつまで続けなければいけないのか、等々を、愚痴愚痴愚痴愚痴愚痴愚痴愚痴愚痴愚痴愚痴言い始め、最後には、皆が食事出来ない程に、怒鳴り始める事の連続です。
翌日、止めて欲しいと言うと、「私、そんな事を言ったつもりは、ありません。怒鳴っていません。」「怒鳴ったのは、貴方でしょ。」と、狂ってしまったとしか思えないような答えが返ってきました。それの繰り返しです。

子供の前では止めよう、食後に二人きりで、話そうと言っても、「嫌です!!」と既に酔っていて話になりません。

私だって、妻と仲良く、お互いの心配事、悩み等を分かち合いたい。
喜びを倍増させ、子供達を見守って行きたかった。
お互いの良いも悪いも、分かった上で、家族でいたかった。
そのような両親でいたかった。

私は、外でも気遣い、自宅では狂ったような妻に、更に必要以上に気遣わなければならない、自律神経失調症になりかけていました。

おはるさんのおっしゃる事は、頭では全て分かっていました。
しかし、それを妻に伝えても、妻は私の言う事は聞きません。
その代わりに、テレビの有名大学教授、学校の先生、妻の母や姉(離婚して実家に居る)が言う事は、素直に聞いて実践していました。(今は弁護士の言うとおりです。)
兎に角、私の意見は、無視したいのです。そして、妻は子供達にだけは嫌われないように、異常なほど気を使っていました。(私には理解出来ません)
きっと、妻のような女性は、結婚せずに実家に居れば幸せに、お嬢様で一生を過ごせたのかもしれません。でも、私との人生を選んだのは妻本人です。
責任感が無さ過ぎます。
飲酒して、子供一人を夜中に家に置き去りにして、ウォーキングと称して女友達の家に行ったり、飲酒運転で酒を調達しに行ったり。

世間への見栄、子供達を常に自分の傍に引き寄せていたい。
「お金が無いのは、お父さんの稼ぎが悪いから。だから私がパートで家計を支えているのよ。」
そんな事ばかりを子供に言い聞かせていました。

妻は、「夫の貴方の怒鳴り声が五月蠅い!!」と、言っていました。
妻は、毎日私が帰宅する頃には既に酔っています。
休日は15時過ぎから、酒を飲んでいます。

会社から帰宅後、私がいつものように大人しく、子供達と楽しく夕食を食べていると、突然、「アーッ! アーッ! もう嫌だこんな生活!! いったい、私は何時までパートを続けなければならないの!!」等と切れまくっていました。

食事中の私に突然近づいてきて、キチガイのように、叫ぶ、怒鳴る、私が怒りだしても止めない。それを、子供達の前で平気で行う。
そんな妻を、異常としか思えませんでした。

頻繁に、そんな妻から避難するため、私は2階に上がり、自分だけ一人で夕食を食べました。(空しかった、辛かった)。
1階にはトイレ以外では降りない。

時々、子供達を2階に呼んで、ゲームをしたり、テレビを見たりしていました。

妻の感情を理解しようと、結婚してから20年間、もがき苦しみました。
それでも、理解出来なく、耐え続けててきたのです。

当然、会社から家には、帰りたくありませんでした。
特に賞与の前後の一ヶ月(3ヶ月間近く)は、夜遅く帰っていました。会社で一番の賞与額をもらった時も「へっ! たったこれだけか!」と言われては、言葉も出ません。
(異常な妻の言動に我慢できなく、殴った事もありました。)


妻の世間を気にし過ぎる、家計をやりくり出来ない、見栄っ張りな考え方には、付いて行けません。


そんな妻に連れ去られ、洗脳される子供が、一番哀れです。


唯一の心の支えは、剣道をとおして、子供達との親子関係を14年間続けてこれた事です。関係者の方々には心から感謝しています。(妻には感謝出来ません。)
家事を放り投げて、その間はパートに行って、家計を支えていると言い続けた妻には、感謝出来ません。

私の収入以下でも、生活をしている家族は、私の会社に8割はいます。

子供の気持ち、感情は理解出来ます。

しかし、残念ですが、妻の感情、気持ちは、理解する事が難しいのです。

私は、妻や子供達に、誰かに見返りを求めて、52年間も生きてきたのではありません。

普通のサラリーマンの奥さんのように、例えば、朝ごはん、昼ごはん、夕食、掃除、洗濯、最低でもそれくらいはして欲しかったと、今、思っているだけです。

妻は、身長173センチ、手の平は私と同じ大きさ、デカイ手と足で、私を殴る、蹴るはしょっちゅうでした。
小学1・2年生の娘達に、朝食を作らなかった妻。
(娘達は学校で水道水を腹いっぱい飲んで我慢していた。)
運転中に、私を後ろから拳骨で何度も殴りつけた妻。
包丁ヲ「両手で持って、私を刺そうとして、狂ったように笑いながら、リビング中を追い回した妻。
人前で、恐ろしい夫だと、言った妻。
子供の前で、毎日私を愚弄し恫喝する妻。
一家の主は、自分だと子供の前で主張する妻。
子供達は、妻の旧姓の墓に入れる、私の家系の墓には、自分も入らないと言いきった妻。(長年、私の両親の悪口を言い続けておいて)
等々

おはるさんのおっしゃるとおり、世の中、いろんな人が居ますよ。
営業職で28年間勤めてきた私ですから、世の中には、いろんな人間が居て、人は夫々の価値観で生きているくらい判っています。

そんな人の中から、今の妻を選んだ私が、一番の大バカ者です。


おはるさん
いろいろとご助言いただき、ありがとうございます。
(貴方の言葉が一番心に響きますよ。)


早く、子供達の声が聞きたい。(留守録でもいいです)
顔が見たい。(望遠鏡でもいいです)
話がしたい。(電話でもいいです)
笑い会いたい。(テレビ電話でもいいです)

妻や、弁護士、調査員抜きで、直接のコンタクトが取りたいです。
私の生き甲斐を、人生の目的を、生きる望みを返して欲しい。

------------------------------------------------------------
たまたま。本日は、持病の椎間板ヘルニアで腰痛が酷くなり、ギックリ腰状態で会社を休んでいます。

また、横になり休みます。

今後も、いろいろなご経験の皆さまからのメッセージをお待ちしています。

 <(_)>
ひろや
投稿日時: 2011-4-5 16:41
半人前
登録日: 2010-10-13
居住地:
投稿: 34
Re: 辛いです
私よりはずいぶん立派なちちおやですね。
それだけできてたら十分立派な父親として、子供たちには写って
いると思いますよ。
早い段階であえるといいのですけど、日本の法律はめちゃくちゃですよね。
現在もたくさんの引き離しが行われています。
そして今からも、私たちにできることは、子供を見放さない
ということです。
そして、苦しんだ分幸せにならないといけません。
今からの幸せを含めて、色々がんばっていってほしいです。
すばらしい父親ですから、がんばってください。
必ずいつか再会しますので、そのときも、立派な父親として
いてあげてくださいね。
富士山
投稿日時: 2011-4-6 15:24
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
Re: 辛いです
閲覧者の方々へ

一言、言葉の魂を、私にください。

連れ去られて、声さえ聞けない、顔さえ見れない、電話もメールも妻の携帯電話だけ。

どうすれば、子供と会える様に出来るのでしょうか。

いろいろな体験ご経験を、お教え下さい。

他人に聞いた話でも良いです。

「自分の事なんだから、自分で考えろ!」 等と冷たく言わないで、

どうか、よろしくお願いいたします。

<(_)>
富士山
投稿日時: 2011-4-6 17:42
一人前
登録日: 2011-1-10
居住地: 埼玉県
投稿: 139
Re: 辛いです
ひろやさん

私は、立派な父親ではありません。

もしそうなら、何故子供達から、何も連絡が来ないのでしょうか。
一年以上も。

法律はあてになりません。

用意周到に準備をした早い者勝ちの日本なのです。

子供達は、私の子供です。

愚妻が勝手に産んで、ここまで育てた子供ではありません。
いつまで立派な父親で居られるかは、私にも分かりません。

妻と一緒に居た時間以上に、私は子供達と一緒の時間を過ごしてきました。
何故なら、妻が何もしないからです。

竜頭蛇尾、初めだけかっこつけて初めて、すぐに止めてしまう、そのしりぬぐいはは、私が行うのです。
そして、他人様には、全て妻が苦労して育ててきたと、平気な顔で言う、のです。

これは人間ですか? 動物ですか? ゾンビですか? 化け物ですか? 悪魔ですか? 

誰か、教えてください。

今日は、ぎっくり腰になり、休んでいます。
あまりイライラすると、腰にも良くないようなので、これで筆を置きます。

子供達は、、スクスクと育っていました。
子供を、自分と同じ人間にして、満足している妻が哀れですよ。


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