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共同親権
 
平成18年度児童虐待検挙状況
 
   
   
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投稿者 スレッド
太田@蝦夷地
投稿日時: 2007-3-5 17:26
長老
登録日: 2005-6-21
居住地: 松前藩蝦夷地
投稿: 226
平成18年度児童虐待検挙状況
昨年度の統計が警察庁よりアップされました。

http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen34/20070215.pdf

36P〜38Pを参照して下さい。児童虐待防止法が改正されてもまったく効果がないと言えるでしょう。

51人の子どもが虐待により死亡しています。1週間に1人の割合です。しかも養父+内縁相手による検挙者が一番多いことからも、親が離婚した子どもの虐待率が高いわけです。このことは単独親権しか選択できない悲劇であり、世界標準に合わせ民法819条を改正し共同親権を認めることが必要です。

子どもが大切ならば単独親権制度から共同親権制度にすることが美しい国作りになると確信するものです。早く気づけよ!!です。


----------------
書いたのはラーメン大好き親父の太田@蝦夷地でした

くにひでのパパ
投稿日時: 2007-3-6 20:41
一人前
登録日: 2006-8-1
居住地: 青森県八戸市
投稿: 132
Re: 平成18年度児童虐待検挙状況
大田@蝦夷地様

いつも第三者的に観ても明らかな情報のご提供には、
驚かされ、また感謝申し上げます。

離婚率が50%に達していない以上、父親等に属する内訳から、離婚若しくは
離婚状態にある家庭の子供達が被害に会う比率は高く、共同親権を
前提にし、調停中も常に両親が面接でき得る状況下にすれば、少なからず、
効果的な対策となるはずです。不幸にして、子供に会いたくても会えないうちに、
子供さんが被害に会われた親御さんが赤裸々に訴えて頂ければ、
効果が上がると思います。

くにひでのパパ
Saasfee01
投稿日時: 2007-3-7 12:58
一人前
登録日: 2005-9-13
居住地:
投稿: 98
Re: 平成18年度児童虐待検挙状況
ファーザーズとして標記状況につきどの様な活動をしていかなくてはならないかを模索することが要請されていると思います。

日経新聞に祖父母と孫との面接交渉についての記事が3月13日の夕刊に載ります。

日経新聞の記者曰く、もっとお父さんが活動をしないといけないのではと言っていました。

当ファーザーズも企画部が設立されて半年あまりがたちますのでそろそろ、具体的な活動を模索する時期に来ていると思います。

太田@蝦夷地
投稿日時: 2007-3-16 16:27
長老
登録日: 2005-6-21
居住地: 松前藩蝦夷地
投稿: 226
平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合

http://www.courts.go.jp/sihotokei/nenpo/pdf/DKAJ21~22.pdf

22 「離婚」の調停成立又は24条審判事件のうち未成年の子の処置をすべき件数 親権者別 全家庭裁判所

19053件とありますが、父親と母親を足したところ19637件となり、584件は兄弟の親権を分けたものと推察されます。

19637件で計算すると

父親の親権者指定     2360件   12.0%
母親の親権者指定     17277件  88.0%

兄弟を分けたと思われる件数584件     3.0%
親権と監護権を分けた件数 286件     1.5%

以上となり、裁判所は母性優先で親権の分属は極まれなこととなります。

本日与党より民法772条の改正思案が発表されました。

http://feeds.asahi.com/asahi/TopHeadlines?m=5728

日本の単独親権制度も時代にはそぐわなくなっています。婚姻中は父親の育児参加を官民一体となって推し進めているのに、離婚となると育児参加はおろか、親子断絶となってしまいます。共同親権を導入して、少子化を克服したフランスのような国もありますし、スウェーデンもしかりです。少子化克服のためには、男女育児機会均等法(男女雇用機会均等法)のような法律制定も必要になると思います。

来年度から日本の人口は80万人ずつ減っていくと言われており、当然経済にも影響していくわけで少子化対策は待ったなしという状態でしょう。

争いを更に増長する単独親権制度から、子どもの未来を双方が考えることのできる共同親権制度へと変えていかないといけないでしょう。
  


----------------
書いたのはラーメン大好き親父の太田@蝦夷地でした

アトラス
投稿日時: 2007-3-16 22:02
一人前
登録日: 2005-7-3
居住地:
投稿: 118
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
太田さん今晩は
ご無沙汰しております。
私も両親子供その周囲の人三者が幸せな形の共同親権なら大賛成です。
太田さんのおっしゃることはもっともですが
逆説的にいうとなぜ日本ではそれが認められないのでしょうか?
民法772条も改正思想と言っても女性のみの6ヶ月間再婚禁止は変わりません。
懐妊中の子供の権利保護の観念からどうしても6ヶ月間再婚禁止にせざる終えないとしても平等の観点から男性も6ヶ月間再婚禁止とするのが妥当だと考えるんですけれど日本って不思議な国ですね

ところで日本は女性議員の割合が先進国の中でも極端に少ないそうです。
共同親権を実現している国では議員を決める際クォーター制
と呼ばれる男女比率が半々にしなければならないとする。
制度を採用しているそうです。

少子化になるのは女性が結婚しても子供が育てられない社会があるからです。
共同親権で育児参加が出来るようになる?という部分もあるでしょう。しかし本来なら単独親権であっても育児参加できる関係性を国の法律という最終手段の強制で構築するよりも強制ではない
親同士の関係を構築しなければ、子どもの未来を双方が考えることのできる環境は難しいのではないでしょうか?
共同親権であっても単独親権であっても
その人の心の捉え方によってはどちらも同じではないでしょうか?
親権制度は家長制度の補則として作られたものです。
家長制度の崩壊した今本則である家長制度がなくなったのに附帯制度である親権と言う制度のみ残っていることが整合性が無いものになっているのです。








たいせい
投稿日時: 2007-3-17 12:21
一人前
登録日: 2006-9-2
居住地: 兵庫
投稿: 148
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
こんにちは。

そうですね。ごく普通の考えでも親権が母親優先などは偏向していますね。

今回の民法改正案の記事ですが、少し違和感を感じました。
確かに生まれた子供には罪はありませんが、婚姻中に不倫などで子供が出来るとか、記事のように家庭内暴力で連絡が取れないとかが代表例で挙げられていますが、別居中に不倫などで懐胎するなどは最低行為ですし、家庭内暴力といっても婚姻のけじめもつけずに懐胎する、或いは懐胎中に別居して離婚後親権を獲るなどに利用するなどのだらしない人間も結構いるのではないでしょうか。

結局、それらを推進するような改正では浅はかな考えの者達の道具と化すようにも思えます。

義務を果たさず権利主張の強い者達が利するような法改正ではないことが大切ですよね。


さて、共同親権の実現を果たし、その後いろんな議論がしやすいですよね。
だから早くなるよう祈ります。
アトラス
投稿日時: 2007-3-17 16:36
一人前
登録日: 2005-7-3
居住地:
投稿: 118
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
現行判例では暴力や別居、離婚係争になった理由が不貞で無い限り、その後争い期間中に新たなるパートナーを得たとしても
離婚で争った後(婚姻生活がその前に別理由で破綻していた)
場合その前に家庭は崩壊していたと認定されて
不貞行為とはとられません。
もうひとつこれは議論のあることですが
現判例傾向として有責の配偶者の訴えであっても
現実生活が破綻している婚姻で一定の要件を満たすもの
に関しては破綻を理由として離婚が認められる傾向にあります。
DVや遺棄行為などによる破綻の場合
実質を伴わない婚姻生活(配偶者の執拗悪質なな暴力的追求から
妻子を守る為係争期間がかなり長期化が避けられない為
新たなパートナーとの関係は責に問われないのが現在の
傾向であるそうです。


ここでいう義務と言うのは国に課されるものであって
国民である方には憲法で公共の福祉に反しない限りは
権利を得られると条文とされています。
ちなみに民法では法の上に眠るものは保護しないと言う原則があり、国民は権利主張をしていかないものに関しては保護してもらえません。
ですから法定国家の場合は変えてもらいたい事を
主張するのは普通のことです。
すみませんあくまで参考までに
アトラス
投稿日時: 2007-3-17 17:05
一人前
登録日: 2005-7-3
居住地:
投稿: 118
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
それと今回の改正案ケースの場合
生まれてきた子供の戸籍の問題とリンクしていきます。
生まれてきた子供の戸籍が作れない自体が引き起こされてしまうからです。
DNA検査のなかった明治に制定された民法典ですので
本来ならば身ごもったまま遺棄された女性とその子供を守るはずであった法律が現在の時代では不幸な子供を作り出すのですから本末転倒ですよね。
ちなみに子供の戸籍が作れない理由には別れた男性側が行う嫌がらせ(別れた妻だけ幸せになるなぞ許せない)的な感情的行動
が大きな要因のひとつと言われているそうです。
法典には「権利の上に眠るものは保護しない」原則ともうひとつは「手が汚れているものは保護しない」と言う原則もあり
主張するものの行為に悪意行為のある場合その手は保護しない
ともあります。

私的には男性側の気持ちはわからなくも無いですが
生まれてきている子どもには責任の無いことという部分も
考えていさめて考えて欲しいところです。
たいせい
投稿日時: 2007-3-19 9:54
一人前
登録日: 2006-9-2
居住地: 兵庫
投稿: 148
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
こんにちは。
「争いを増長する単独親権制度から共同親権へ変えていかないといけない」
このお言葉は、本当にそうですね。
単独、共同でも双方の心構えが大切なのはどちらも前提条件の話ですが。
尤もそれも大切ではありますが、共同親権であった方が法的には母親優先という間違ったフィルタが取り除かれることになり、親同士も対等の養育義務を負うスタートラインを切れるというものです。

今の子供に会えない理由は、法的にはもちろん、養育親による子供の私物化が根底にあると思っています。
養育親や、勝手に子供を連れて出て行った親なんかが会わせたくないなんてことを厚顔無恥にも平気で言っていますから。
そして、どちらが養育親として適正かなんて、第3者がちょこっと見ただけでは判断など出来ませんもの。
そんな曖昧な決め方はなくして、共同親権が合理的ですね。

しかし、新聞記事の民法722条の改正記事ですが、なんとも離婚協議中の懐胎を普通に認めているような書き方ですね。
DVであろうが理由はなんであれ、連絡を取れないのではなく、取ってけじめをつけるという覚悟がないことは残念なことです。

子供のDNA鑑定、これは大賛成ですし、子供に戸籍がないなどの不都合があるのなら誰が親という鑑定行為は認めるべきでしょう。

別居中や離婚後において誰と付き合おうが、住もうが構わないと思いますが、早産は別としても、きっちりと整理されていない内に懐胎までするなどは、法的云々より常識的にいかがかと思うわけです。
これが個人の義務というべき常識的観点ですね。
子供の権利として前面に押し出すことは戦術的な方法を取っているに過ぎないとしか映りません。
なるほど、子供には罪はありません。 しかし、こんなことが風潮として蔓延ると倫理的に夫婦という存在自体が頽廃してしまいます。

この改正内容の鑑定行為自体はごく普通のことだと思いますが、全てそうであるとは言いませんが、今一度、このあたりをわきまえる世の中であって欲しいと思いますね。

こういったことも同時に議論の土俵にあがって欲しいです。

たいせい
投稿日時: 2007-3-19 14:32
一人前
登録日: 2006-9-2
居住地: 兵庫
投稿: 148
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
アトラスさん、こんにちは。

とても勉強になります。ある程度は認識としてはありましたが、理念という根幹をわかりやすく理解出来ました。

素人の意見ですから相手にはされないと思いますが、2点ばかり私の認識を書かせて頂きます。

この戸籍問題に関してはこの明治に制定されたということはさておき、この理念は非常に重要だと思います。
つまり、法の運用において子供に罪はないながらも、そういう状況を作り出した者の責任所在がないままであるからです。

後、戸籍が作れない理由として男性側の要因を上げられていますが、これはそうでしょうか。

言わずもがなですが、誰しも、何もなければ嫌がらせなどはしないものですが、何かしら理由があるのでしょう。
この世の中、結果にはすべて原因がありますが、女性側にしても自らの責を真摯に負えば、こういったことも減るでしょう。
男女係わらず、嫌がらせと思う、または言う前に自らはどうなのかという自戒が必要なのです。
双方に感情的行動、心を自戒し、慎むことが出来ればこういったことは起こりません。
アトラス
投稿日時: 2007-3-21 10:51
一人前
登録日: 2005-7-3
居住地:
投稿: 118
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
長くなるので細かいことは省略しますが
法制度は責任の所在を明確にするだけのものではなく
現実の生活に有益なシステムを確立する義務を負います。
ですから法典は「心証主義」をとっています。
裁判所は確実な事実認定は出すことは不可能であることを前提として
証拠によって出た事柄に基づき裁判官も世情や心証によって
判決を出すのです
それは真実を推定するにとどまるのです。
戸籍が作れない理由も親権を取った女性の面接拒否
と少し理由は似ていて底に根ざすものは「感情の問題です。」
感情の問題というと利己主義的にとられやすいですが
それも権利として認めていかなければ争いの元になるだけで
解決は難しくなると言うことなのでしょう。
自戒と言うのはごもっともだと私は思いますが
そうなるには互いにその必要を感じなければ難しいのが
現状でしょう。
そこまでは法(特に民法(家族法・身分法)は立ち入ることは出来ません。
そこまで立ち入ってしまったら人の真理心情を脅かすことになるので憲法典の問題で言うと「包括的基本権の中の自己決定権」「私人間効力」などに関わる問題もある為
法律では真理心情的問題には関われないのが実情です。
〜べきという部分は個人間のプライベートな問題で解決
するものであり法は関われない
であるが子どもの戸籍など生存権に関わるものはその部分においては法で保障する義務を国が負っている訳です。
ですから嫌がらせであるかないかは問題とせず。
国が負っている義務を速やかに履行すると言う問題でしかありません。
ここで権利を受けるのは生まれた子ども自身であり
男女関係でもめている保護者ではないという論理と言うことになります。
ですから相手の元配偶者や母親の責(仮にあったと仮定しても)
まったく子ども自身には関係の無いことになるのです。
母親は子どもの代理権者なので母親その人がどのような責を
もっていても子どもの権利を代行しているに過ぎないので
母親への責を理由に子どもの権利は脅かせないと言うことです。
説明が長くなりわかりづらいかもしれませんが
こんな説明でご理解いただけますでしょうか
アトラス
投稿日時: 2007-3-21 12:10
一人前
登録日: 2005-7-3
居住地:
投稿: 118
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
>「争いを増長する単独親権制度から共同親権へ変えていかない>といけない」

私は共同親権は反対しませんし、共同親権になることで
元夫婦子ども自身その周りの人々が幸せになる
便利になるシステム的に有効だと言うのであれば
大賛成です。
しかしながら共同親権にすれば争いが無くなるというのは疑問があります。

母親優先という過程も本当にすべてにおいてそうか?
と言えば真実でない部分も多いわけです。
仮になぜ母親になるのかといえば日本の男性の就労環境や子どもとの生活上の関わり方、現実の子どもの生活の安定の観点からみて
母親の方が安定しやすい、と言う側面はあるからでしょう。

>今の子供に会えない理由は、法的にはもちろん、養育親による>子供の私物化が根底にあると思っています。
>養育親や、勝手に子供を連れて出て行った親なんかが会わせた>くないなんてことを厚顔無恥にも平気で言っていますから。
>そして、どちらが養育親として適正かなんて、第3者がちょこ>っと見ただけでは判断など出来ませんもの。
>そんな曖昧な決め方はなくして、共同親権が合理的ですね。


養育親の私物化というのは乱暴ですが
たしかに養育親も就労や生活や子どもの教育育児で
別居親の精神的な面倒までは見られないという感情的な部分は
見受けられると思います。
その部分において別居親も子どもに忘れられる(嫌われるのでは)と言う不安感、焦燥感から子どもの権利を自分の精神安定に変換して養育親に求めるケースなどにおいても同じ感情的問題で
あって子どもの権利を私物化していると捉えられます。

このようなケースの場合、権利者は子どもであるのにも関わらず
子どもの代理権者である親同士の権利争い発展していきます。
問題は子どもが取り残されて親同士で争っていると言う点です。
争いがある関係は先のレスで記述したように子どもの不安定
子どもの精神的な傷を負わせることになります。
共同親権にしたからといって争いが収まるわけではなく
逆に水面下で憎しみ会う親同士が束縛しあうことになり
問題が複雑化し
子どもの生活上にも精神的束縛の影を起こすことになります。
もちろんこれは両親の感情的争いが続いているケースにおいてであり
これが争いが無い場合両親が冷静に個人の権利を認める関係を築ける関係であった場合なら共同親権は有効なシステムとして
機能することでしょう。
そのような関係は法律で規定することではなく
個人の努力で築き上げるものであり、それが出来ないのであれば
法律など何の解決も生まないと考えられています。


アトラス
投稿日時: 2007-3-21 12:30
一人前
登録日: 2005-7-3
居住地:
投稿: 118
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
>新聞記事の民法722条の改正記事ですが、なんとも離婚協議>中の懐胎を普通に認めているような書き方ですね。
>DVであろうが理由はなんであれ、連絡を取れないのではな>く、取ってけじめをつけるという覚悟がないことは残念なことで>す。

連絡をとってけじめをつけるというのはごもっともですが
離婚協議中というのはすでにその手続きに入っていると言うことです。
その手続きに入った段階でその婚姻は実体の無いものであると
言うことになります。
もちろんその理由が不貞であれば問題になるでしょうが
それ以外の理由(暴力・遺棄など)であれば
個人で話し合える状況に無く危険を伴う事もあるわけですから
実質乱暴な話になってしまいます。
調停や係争となると手続き上の問題や裁判所の実務において
長期化するのが現実です。
事によっては何年も争うことも考えられます。
女性は子供をもうけるのに年齢的限界がありますから
女性の幸福追求権。決定権も保護の観点から
制限することは法律上は出来ません。
憲法規定ですから民法の規定を優越するものだからです。


>子供のDNA鑑定、これは大賛成ですし、子供に戸籍がないな>どの不都合があるのなら誰が親という鑑定行為は認めるべきで>しょう。

そのとおりですね

>別居中や離婚後において誰と付き合おうが、住もうが構わない>と思いますが、早産は別としても、きっちりと整理されていな>い内に懐胎までするなどは、法的云々より常識的にいかがかと>思うわけです。
>これが個人の義務というべき常識的観点ですね。
>子供の権利として前面に押し出すことは戦術的な方法を取って>いるに過ぎないとしか映りません。
>なるほど、子供には罪はありません。 しかし、こんなことが>風潮として蔓延ると倫理的に夫婦という存在自体が頽廃してし>まいます。


倫理的観念は時代によって変化します。
民法722条はまさにその典型と言えるでしょう。
倫理は倫理として大切ですが
人間としての幸福追求権など基本的な権利や
生存権、平等権より倫理が重く捉えられ権利が不平等になったり
倫理を盾に取った私怨ばらしに法律が利用されることはあってはなりません。
それこそ倫理の頽廃につながるからです。


たいせい
投稿日時: 2007-3-22 10:13
一人前
登録日: 2006-9-2
居住地: 兵庫
投稿: 148
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
>「しかしながら共同親権にすれば争いが無くなるというのは疑問があります。」

これは、この世どのようなことでも争いは起こるものですから、あくまで合理的ということなのです。ですから、共同、単独係わらず、争いを皆無にすることはできません。

>「仮になぜ母親になるのかといえば日本の男性の就労環境や子どもとの生活上の関わり方、現実の子どもの生活の安定の観点からみて母親の方が安定しやすい、と言う側面はあるからでしょう。」

一般的に言われていることですね。しかし、子供のことを第一にと言いながらもその実は養育親の利己的思考によるものも多いのです。家庭における親の役割というのは父親、母親それぞれ違うはずですから、子供に与える影響を時間軸と直接的、間接的な観点から見る必要があります。

>「養育親の私物化というのは乱暴ですがたしかに養育親も就労や生活や子どもの教育育児で別居親の精神的な面倒までは見られないという感情的な部分は見受けられると思います。」

私物化という言葉は非養育親に子供を会わせて成長させようと努力している方々には当たりませんが、一方的に会わせない多くの方々には「ずばり」当てはまります。仰られる「感情的な部分」ということがかなりの障害になっているからです。
子供の福祉を考えるのであれば非養育親に会わせることによって養育親が精神的に不安定になるということ(本当かどうかわかりませんが、方便と利用していることが多いようです)を親の自覚として克服しなければなりませんし、その覚悟も必要です。
非養育親が子供に会うことは非養育親が子供に対してこの先関わっていくという精神にもさせるからです。

>「その部分において別居親も子どもに忘れられる(嫌われるのでは)と言う不安感、焦燥感から子どもの権利を自分の精神安定に変換して養育親に求めるケースなどにおいても同じ感情的問題であって子どもの権利を私物化していると捉えられます。」

さて、これは冷静に普通に考えてどうでしょうか。
断絶させられた親子関係を構築していくには、まず機会が必要なことは明白です。ですから大切なことはまず、機会を設けることなのです。子供の権利だけではありません。会えない親にとっても法云々を超越した本能的なことなのです。 この感情と養育親の会わせたくないという感情は同じ次元ではありません。
養育親が「会う機会」を設けることで初めて同じ視点で養育に関われるものなのです。
会わせたくないという稚拙な考えとはまた違うものだと思います。

悲しいかな人間は所詮、争いをする、また自分のことを棚にあげ権利主張をするものなのです。
ではどちらが争いが少なく、子供に及ぼす影響も少ないのかということ検討し採用することが求められるのです。

現在の単独親権では、養育親の胸一つで会う、会わないが決められてしまうのです。勿論、養育親は子供に対して責任を負うでしょう。
しかし、親はどちらもこの重責を負うことを前提として養育親になりたがることも普通のことなのです。
子供のことを真に考えるのであれば、非養育親に会わせる機会を設けること、それによって非養育親は初めて子供の養育に関わることが出来るのです。養育費を払うことも関わることだという意見もあるでしょうが、それは人間というものの本能を考えれば会わさないのに金だけ払えに映るものです。
これでは何の解決にもならないと容易に考えられるでしょう。
共同親権にして、養育する立場をフェアにすることが夫婦間の対立を早期に解決出来、さらには子供の精神的影響にも及ぼすところが少ない可能性が高いということが言えるのではないでしょうか。

何度も言いますが、単独親権の弊害である感情の対立を排除するシステムが共同親権であるということを私は思うのです。
たいせい
投稿日時: 2007-3-22 12:43
一人前
登録日: 2006-9-2
居住地: 兵庫
投稿: 148
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
アトラスさん、こんにちは。
毎度、すみません。というふうになってしまっている現状です。

さて、離婚協議中であれば婚姻の実体はないと言い切るのは果たしてそうでしょうか。
実体と仰られるその定義がどのようなものかはわかりませんが、婚姻費用分担もなく、直接話が出来ないような状態であればそうかもしれません。
話し合える状況に無いというのも実際そのようなケースであればいたしかたのないことでしょう。
しかし、単に「恐怖」を理由に話し合いに応じることが出来ないという姿勢では子供を育てていく覚悟など微塵の覚悟もないと言わざるを得ません。
私がいう「けじめ」というのは「人」としてのことです。
つまり、そのような「けじめ」を付けられないのは個人の質に帰するものなのでしょうね。
私は先に書きましたが、DNA鑑定をして子供の戸籍をつくることには賛成です。

しかし、
>「女性制限することは法律上は出来ません。は子供をもうけるのに年齢的限界がありますから女性の幸福追求権。決定権も保護の観点から憲法規定ですから民法の規定を優越するものだからです。」

この前にそういう女性が「けじめ」とその心構えが必要だということをもっと認識することも重要です。
女性にも結婚をしたという責任があるわけです。 男性も同様です。 それをきっちりしようとすることが責任を果たすことなのです。
皆、幸せになりたいと思います。これは男女関係なく皆あるものです。
私は先にも書きましたが、離婚係争中にそれぞれが別の相手とくっついたりすることには違和感を覚えません。が、懐胎まではと思うわけです。(あくまでこれ限定です)
法は重要ですが、今ここで書いていることはそういうことではありません。 人間は法によってのみ生きるものではありません。
ですが、子供のことを前面に押し出した格好をまとってはいるものの、己を省みずに主張をすることについては果たしてそういうものなのかという疑問は多いに残ります。
新聞記事だけですから、そのような女性の人格まではわかりませんが。

倫理は大切なものですが、法の前にまず自分はどうなのかということを考えることは重要なことなのです。
それがなくなれば人間は何の感情も必要ありませんし、社会規範なども必要がなくなります。
倫理を盾にとった私怨晴らしはまずないでしょう。 それこそ倫理に外れるのも同感です。

しかし、嫌がらせと取る方にも心の歪みがあるはずです。 嫌がらせと感じること自体もそうですが、何故、嫌がらせと思うようなことをされるのか、わが身を振り返ることは話をスムースに流していくために必要なことだからです。

倫理的観念は時代とともに変化はしますが、変化しないものもあるわけですし、変化させてはいけないものもあるのです。
民法722条について、子供には当然誰が親であるか判定することは重要なことですが、かといってその親が社会的通念から外れていることをしていたのであれば、潔く非を認め詫びることも重要です。

共同親権も同様に実現出来ることを祈りますが。
アトラス
投稿日時: 2007-3-22 22:49
一人前
登録日: 2005-7-3
居住地:
投稿: 118
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
すみません
あくまで法理念の話であることを前提にしています。
私個人の意見とは少し違いますのでご了承ください。
けじめの話ですが、法律でけじめについて記述するものは
ありませんのでなんともいえないです。。。

私的には、けじめのとり方は人それぞれの状況によって
変わるものであって内的なもので規定できないもの
ではないかと受けた状況や立場が違えば捉え方も違ってきますしね。

>この前にそういう女性が「けじめ」とその心構えが必要だとい>うことをもっと認識することも重要です。
>女性にも結婚をしたという責任があるわけです。 男性も同様>です。 それをきっちりしようとすることが責任を果たすこと>なのです。

責任はが平等と考えてるなら男性はいつでも実子を持つことが出来て女性が肉体的年齢的制限があることも視野にいれて
ハンデをつけることは性差上合理性を欠く物ではないと思います。
ちなみに逆を言えば男性で調停中に他の女性に子どもが出来ることも普通にありますよ(汗、謝)

社会通念というのも悲しいかなその時代の風潮によって左右されるのが実情です。
こちらがあちらが悪い謝れと思っても逆にこちらの通念が
古くてこちらが社会通念から外れて謝れ!
なんていわれちゃう世の中ですから参りますよね



民722条問題は生まれた子どもの権利をどう保障するかですから


くにひでのパパ
投稿日時: 2007-3-23 0:12
一人前
登録日: 2006-8-1
居住地: 青森県八戸市
投稿: 132
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
あれ此処は法理念が前提でしたっけ?
誰か論点を湾曲したんじゃありませんか?
子供の人権の実現のためのお話でしたよね。
難しい表現はいいから溶け込みやすい
子供の視点の話がためになると思います。
男女の話ではないですよね。
たいせい
投稿日時: 2007-3-23 12:34
一人前
登録日: 2006-9-2
居住地: 兵庫
投稿: 148
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
こんにちは。不躾な文章で申し訳ないです。
法理念の話は理念として大切ですね。 その通りだと思います。

しかし、その理念は理念としてあっても各種条文などは、いいように解釈出来る事も確かですよね。
全ての文言とその理念がリンクをしているのでしょうが、それを読む或いは引用される方が都合良く解釈することもあり得るわけです。
幸福追求権などは決して女性特有のものではありませんし、男性も当然それに該当するのではないですか。

「けじめ」という言葉のみでなく、子供の福祉を考え、望むといったご行為には言葉だけに囚われない「常識」と「自己を抑制する謙虚さ」が大切だと思うのです。
自分が自分がと前に出てくる者の声のみが採用されるのであれば、その内、権利のぶつかり合いが出てくるのではないですか。

例えば不倫をして子供が出来たなど、こんなことが許せますかね。私は許せません。 こんな人の道を外れて権利を主張するなどはいくら子供の代理と言えども、許される行為ではないのです。
まあ、このような者に子供の福祉などは考えることは出来ないですが。
ご自身の意見と違うと仰っられていますが、少しそういったものもお聞きしたいですね。(笑)

>「責任はが平等と考えてるなら男性はいつでも実子を持つことが出来て女性が肉体的年齢的制限があることも視野にいれてハンデをつけることは性差上合理性を欠く物ではないと思います。
ちなみに逆を言えば男性で調停中に他の女性に子どもが出来ることも普通にありますよ。」

これも私は納得しますよ。 大いに理解出来ますし、これは重要だと思います。
責任ということについては、法の下においては性差なく平等ということと理解しています。 男性の特性と女性の特性とを考慮して運用していくということはこれも普通のことだと思います。
これは私もそのことを配慮する必要はあると思います。
ただ、このようなことは特筆すべきことでもありません。当たり前のことですから。

それをハンデと取ることについてはいかがでしょうか。 これは自然の摂理なのです。

人の道の外れた行為をした者のみに該当していると思っていますから、これは時代の流れなどとは言えないと思います。

しかし、話し合いが出来ないというのはどんな理由があるにせよ応じない方が無責任なのです。 これが暴力だなんだかんだと言っても結婚した或いは子供を儲けた責任があるからです。 怖いからと言ってもそんなことは通りません。 逆にそのような覚悟がないのであれば子供を育てるなどと大きな声では言えません。

男でもそんな人がいますよね。 これも問題があるわけです。 私はアトラスさんが仰る離婚手続きといった中では他の相手とくっついてしまうこともあるでしょうし、その方が良い場合もあるとも思っています。 これは男女ともしょうがないと思います。 所詮は男女の仲はそういうものですからね。


(ここからは違う話になります。 決してアトラスさんに対してだけのものではありません。)
子供の奪い合いにしてもそうなのです。
一方が勝手に連れ去り、その後親子を断絶させられる。 そして、また一方的に離婚手続きを進めようとして行動される。
ここに至るまで、夫婦間での軋轢があるのでしょうが、それはそれ、子供を連れ去る行為や断絶させる行為はどのような理由が何であれ「卑劣」であることにはかわりありません。
まず、子供の奪い合いは、これが起点となって始まります。
第一歩で大きく争いの基を作るのです。

これに保護せざるを得ない行政や司法に一方的に訴えることは権利があってもよほど酷い場合は別にして常軌を逸しているとしかみれません。

このようなことが日本国内で行われている、またそれを商売にしているような方々(子供を取れますよなどと言い、係争においても相手を貶める方々、子供を係争の道具とする方々や女性の権利だけを主張する方々)もいる。
これ自体にも問題があるのにさらに親権者は母親が多い現状。
そして父親は養育費を支払う義務があると声高にいう。

これは、「子供のため」という愛情深い父親にとって非常に弱い部分を利用した手段だとも言えるのです。
「子供との関係を断絶させ」、「それでも親だから養育義務はある」、「だから養育費を払うのは当然」、「でも子供と会わせると自分も子供も不安定になるから無理、いや不安定と言っておけば会わさなくてすむだろう」、「子供と会わすなんて嫌や。なんでやねん。」なんて屁理屈を通してはいけません。

会わさない養育親の心情というのはこういう現状が多いのではないでしょうか。
こういう部分では母親優先と見られても仕方がありません。

だからこういう子供の視点で見れない者の浅ましい感情を排除するためには共同親権が合理的なのです。 つまり、このような感情を持つ者は親として問題があるからです。
こういう事実を子供達が知ればどう思うのかという視点がまったく欠けていると言わざるを得ません。
戸籍問題なんかよりこちらの方がもっと重要でしょう。(言い過ぎですが)

親が子供に会いたい、子供は親に会いたいという気持ち。 この崇高な親子関係を表す気持ちと、単に「会わせたくない」、「会うと親子関係がどうにかなってしまいそう」などという脆弱感情とはその価値に雲泥の差があるわけです。

養育費も確かに愛情です。 しかし、会いたいのに会えない状況を養育親が作るようであれば、そこに愛情が存在するなどとは言えません。 養育親の気持ちがその子供の精神にも影響を与えるということももっともなようではありますが、この中にも欺瞞があります。
子供を非養育親に会わせている方々がそういう言葉を発言するのは理解出来ますが、非養育親が会いたいということを認識していながら会わせたくないというのは、本音では子供に対しての私物意識がある以外に中々考えられないからです。

養育親と子供との関係構築などは非養育親よりはるかに作りやすい環境にあるのですから、会わせたくないという愚劣意識では子供の情操教育に悪影響しか及ぼしません。
全てはそうではありませんが、これが子供の家庭問題などに発展するのではないでしょうか。
これははっきり言うと「親が悪い」というのが常識的観点であります。
社会的に取り巻く情勢などに関係があるなどとは他力本願も良いところと捉えられますね。
それだけの覚悟が子育てには必要ということです。

養育親にはかなりの重責があるのです。 それが果たせないのであれば親権を獲って養育するなどと言う資格はありません。

共同親権にはこういった責任分担も可能となり得ます。

(ここから戻ります)
社会通念は確かに時代と共にその枝葉は変わるでしょうが、根幹は変わってはいけないと思っています。
でも、仰ることはわかります。 そんなことを言う方達が多いのもわかります。
ただ、大切なことは新旧関係ないと思います。
実際、責任の擦り付け合いが多いことには閉口しますね。

民法722条は子供の権利を守るためというのはそうだと思います。 私もそうすべきと思います。 子供だけにとってです。
その親にはまったく思いませんが。

しかし、それを取り巻く親達はそれを利己的に利用するのではなく、また偏向したイデオロギーに利用するのではないようにしなければなりません。
法というものは、大切なものを守るために或いは、存続させていくために利用して、必要以上の保護をしないで真に困っている方々のために揮われなければならないのではないでしょうか。
そのためには子供と非養育親との関係を断絶させるとかの行為を、常識と良識に照らし合わせて考えてみることが養育親に求められているのではないでしょうか。

長駄文でした。すみません。
Saasfee01
投稿日時: 2007-3-24 22:02
一人前
登録日: 2005-9-13
居住地:
投稿: 98
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
くにひでのぱぱさん

全く同感です!!

子の福祉を中心に考えてのことが、巧妙にすりかえられる論法にはまったく理解が出来ないばかりか読んでいて全く不愉快です。

違うスレを立ち上げていただければと考えます。
たいせい
投稿日時: 2007-3-24 22:53
一人前
登録日: 2006-9-2
居住地: 兵庫
投稿: 148
Re: 平成17年度家庭裁判所における親権者指定の割合
不愉快な思いをされた方、どうも申し訳ありません。

違うスレを立てるか否かを私なりによく考えてやっていきます。


すみませんでした。
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